「あっつ!」
蒸し暑い熱気がこもったままの教室に朝一番乗りで来た少女が窓を開けながら呟く。
部屋の時計が半時間早くなっている事に気付かずに普通に朝食を食べ、登校してしまったのだ。
時計を全然見ない癖が祟って今に至っている。
教室の熱気が窓から外へ逃げていくのが分かった。同時に外の涼しい朝の空気も中に入ってくる。
「へぇ・・・朝早いのも気持ちがいいのねぇ」
んー!と伸びをして自分の席に行こうと足を進めたが車のエンジン音が聞こえたのでピタリと止まる。
窓から下を覗き込むと、黒のスカイラインが丁度駐車したところだった。
(うわっカッコイイ車!)
そう思いながら、どの先生がそのカッコいい車から降りてくるのか楽しみになって眺めていた。
何人かのカッコいい男・女性教師を頭の中でピックアップして予想する。
もちろん、自分のクラス自慢の担任も候補に入れる。
(誰かな〜?)
ガチャッと扉の開く音がした。そして、予想を裏切らない結果に満足する。
降りてきたのは・・・自慢のクラス担任教師だった。

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Lean forward(意味:乗り出す(体を))
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「ふわぁ、今日も暑いなぁ」
あれからと言うもの、朝早くに来るのが日課となってしまった桜井 望は窓を開け放つ。
あの日と同じ、朝の冷ややかな風が窓から滑り込んでくる。
「センセェ早く来ないかな?」
窓際の席に座り、椅子をギコギコと鳴らす。
そうしているうちに車のエンジン音が近づいて来るのが分かった。
窓から乗り出して黒いスカイラインの影を求める。
「来た!」
スカイラインが駐車され、中からすらっとした長身の男が現れる。
「センセ〜〜〜!おはようございます〜〜っ!!」
これも日課になってしまった朝一番の挨拶。
少しだけ戸惑って遠慮がちに少し手を振ってくれた。
コレだけで一日頑張ってしまおうと思わせる先生はずるいのだ。

職員室に駆け込む。まだ朝早いこともあって他の先生は来ていない。
「センセ!おはよう!!」
「ストップ」
駆け寄ろうとしたが制止の声がしたのでピタリと止まる。
「何でェ!」
「テスト一週間前。生徒、入室禁止」
「ケチケチ!テスト用紙なんて作ってないくせに!」
「何でそう朝から元気なんだ?」
(それは、先生と話せるからよ!)とは言わない。
「いやぁコレが取り柄でして・・・ってセンセ!」
「何だ?」
ノートパソコンを開けながら鬱陶しそうに聞き返す。
ちょっと見とれてしまった。メガネがよく似合っているのだ。
は、いけない。見とれてる場合じゃないのよ。
「大変なの!ここが意味不明で全然分かんない!これじゃ欠点確実よ!!」
「はぁ?どこ?」
「ココよ!」
「・・・あのね・・・ちゃんと何処が分かんないのか説明しなさいって」
「じゃ、コッチ来るかそっちに行かしてよ!」
「入室禁止」
「じゃセンセ来てよぉ〜〜」
「嫌です。めんどくさい」
「そんな事言ってたら太るよ!」
「・・・・・・教室帰んなさい」
「え〜〜〜〜!」
犬を向こうへ追いやる手でしっしとされ、少しショゲて望は職員室を去ろうとする。
「明日、教えてやるからよ」
扉に手を掛けかけていたのだがその言葉を聞き、くるっと振り向いて顔を輝かせる。
「本当!?」
「本当、本当。欠点取られちゃめんどくさいからね」
「え!何!?そんな理由!!?」
「他にどんな理由があんの?」
チラッとパソコンから目を離して望を見つめる。
「艶っぽい理由よ!」
「生徒をそういう目では見ていません」
「〜〜〜〜っ」
ふとあの日見た光景を思い出す。
「あ、もしかしてセンセ。彼女有り?」
「彼女無しに見える?」
「見えない。でもうまく行ってない気がする」
「・・・何で?」
「さあ?どうしてでしょうねェ〜」
意味深な言葉を残して望は職員室を去る。
「・・・・・・はぁ、なんで分かるかねェ?」
職員室でのその呟きは寂しく、少し響いただけだった。

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「センセ〜〜〜〜!おはよ〜〜〜〜!!」
日課の窓からの挨拶は今日も健在。
また先生は少しだけ手を振ってくれた。
今日は約束の苦手なトコ教えてもらえる日なのである。
望は自分の席に座り、ダラッと机にもたれ掛かる。
そこにパタパタとスリッパの音が廊下を木霊させてこっちに向かってくる。
ガラッと教室の扉が開いた。
「センセ、遅ぉ〜い」
「何が遅いだ。これでもまだ急いだ方だ」
「ふ〜〜ん?あ、センセ。ココなの、分かん無いとこ」
先生が自分の席の前の椅子に腰掛けて覗き込んできた。
ふわっと、何かの匂いがした。
「何だよ、こんなのも分からないのか?」
匂いに酔ってた私はハッと我に帰る。
「こ、こんなのも分からないのよ。先生が悪いせいで」
「ほぅ・・・そんなに教え方悪いか?お前以外は解けるような問題なのにな」
「物覚えが悪いのよ、私」
「胸張って言う事じゃないな」
「センセ〜これじゃ私、欠点確実だわ〜」
「はいはい、ちゃんと欠点取らないように教えるから聞いとけよ?」
「は〜い」

か、顔が近すぎる・・・・・・
「ココはコレだよ、こうすんの」
ってかこの匂い何だろう?
「ココはコレを使ってだな〜」
タバコ?にしてはイイ匂い・・・
「・・・・・・おい」
何だろう?香水・・・?彼女の残り香?もしかして・・・
「おい!聞いてるのか!?」
「え!?」
先生は呆れた風に大きなため息をつく。
「お前、欠点取る気か?」
「いいえ、めっそうもない」
「じゃ何で聞いて無いんだ?」
「えっ///だって・・・そのですねぇ」
先生は黙って私が喋りだすのを待っている。
「センセってさ。いや、そのセンセ?」
「何だ?」
「キスはメロン味って聞いたんですけど本当なんですか?」
「はぁ!?」
もちろん、キスはそんな味しない事ぐらい知っている。
「先生で是非試させて欲しいんですけど」
「アホか・・・」
「いや本気」
「そんな事よりお前、本当にここ理解できてるのか?」
「え?理解できてたらご褒美にキスさせてくれるんですか!?」
「誰がそんな事言うかよ。同学年の男子とっ捕まえてしてろ」
「嫌!センセのがイイ!!」
「あ・・・あのなぁ・・・」
「何で!何でぇ!?今誰もいないじゃないですか!」
「そういう問題じゃないんだ」
「じゃどういう問題よ!?」
「そういうのは好きな人のために取って置きなさい」
「・・・・・・あたし・・・センセ好きだよ!」
「!?」
「先生と生徒だからとか、そんな在り来たりな言葉では私、諦めないよ」
「・・・・・あのなぁ・・・」
「何ですか!?」
「そういう目で俺を見るなよ・・・」
「見ちゃったんだもん!仕方ないでしょ!!」
「はぁ・・・とにかく俺は彼女持ちだ」
「知ってる」
「じゃなんで・・・」
「上手くいってないのも知ってる」
「でも破局するとは限らないだろう?」
「いいえ、するわね」
「何故?」
「それは教えない!」
「・・・・・・・・・・・」
「センセ・・・先生の事、本当に好きだよ・・・」
「・・・・・・」
「センセ・・・見ちゃったんだよ・・・センセの寂しそうな背中・・・」
「?」
「見ちゃったんだよ・・・」
あれはこの前バイトで喫茶店にいたときだ。
あたしは別にセンセの事意識してなくて、ただ結構イケ面のイイ先生だと思ってた。
喫茶店に彼女と入ってきた時はビックリしたけど、明日クラスの皆に言ったらどんな反応するかと思って
先生の行動ばっかり気にしてた。
雰囲気は良かった。
うん、最初のうちはね・・・
先生が声を荒げだしたのは店の奥に引っ込んでても分かったよ。
だんだん険悪なムードが漂い出して、辛うじて聞き取った単語が
・二股・不倫・その男・関係・最悪・最低・・・
客のお皿片付ける時に聞き取ったのはコレだけ。
でも状況判断するには十分だった。
とにかくあの女はきっと二股をかけているのだろう。
先生と・・・“その男”。
そしてきっと、“その男”は結婚しているのかな?不倫って聞いたし。。。
先生の彼女は最悪・最低と先生を罵っていた。
何故だろう?それはあの女のほうなのに・・・
きっと、当たってるんだ。先生の言っている事が。
壁に追い詰められた鼠のように、最後の手段で噛み付いたんだ・・・
そう言ったら少し綺麗に聞こえてしまうかもしれないが、とにかく彼女のやっている事は腐っている。
その後まだ言い争いが続いていたが
「私はそんな下衆な女じゃないわ!」
と言って先生の頬をパシッと叩いた。
彼女は店を走り去っていった。
先生はそれを追いかけようとしたが途中で止めた。
私は、その背中が・・・とても痛ましくて直視できなかった。
この事を先生に説明した、自分が見てしまったこと・・・そして聞いてしまった事を。
「そ・・・うか。見られていたのか・・・」
「センセ・・・」
うな垂れてしまった先生が、余りにも切なくて、ギュって抱きしめた。
先生は戸惑ったようにしたが、そのままにしていた。
そして、そのまま喋りだした。
「あいつはさ、プライドがかなり高いんだ」
「うん」
「あいつの部屋に、俺のものじゃない男物があった。
 尋ねたら俺のために買っておいたって言うんだ。でもそれは新品じゃない」
「うん」
「他の男がいるのはまる分かりだった。でも、俺はあいつを愛していた」
「・・・うん」
「部屋にまだあいつの物があるんだ」
「・・・・・・センセ」
「・・・?」
「センセ、まだその人のこと好きなの?」
「・・・分からないな・・・」
「・・・きっとまだ好きなんだよ。だから、部屋に物が置いてあるだけで期待しちゃうんだ」
「・・そうかも知れない」
「でも、そんなのダメだよ」
「・・・」
「あたしっていう可愛い彼女ができるんだからさ!」
話の成り行きからして結構暗い話だったのだが、そのあっけらかんとした物言いに先生が笑い始めた。
悲しみに沈みこんでしまった反動・・・と言うべきか。。。
「あ、なに笑うのよ!こうなったらセンセの部屋行って、あたしの下着の一枚や二枚置いてあげるわ!」
「あ、あのなぁ・・・」
「セ・ン・セv私、本気だからね?」
「でも俺の心にはまだ」
「ストップ!言わなくても分かってるわ!!でも、でもよ!」
「?」
「あたし、まだ心にヨユーがありますの」
「で?」
「待つわ」
「は?」
「待つわよ、気長に。センセがその人のこと忘れるの」
「・・・なが」
「長いかもって?そんなのは私にはノープロブレム!」
「何で?」                 ・・
「あら、あたしまだ若いのよ。先生も恋人と毎日学校で会うのって疲れるでしょ?しかも、生徒よ?」
「・・・」
「ばれたらやばそうじゃな〜い。あ、でもそれもイイかもしれないわね」
「あ・・・あのなぁ」
「その人と対抗しちゃえ!“愛したらダメだけど気持ちは止まらなかった”先生&生徒編」
「・・・・・・・・・・」
「あ、もちろんセンセの元彼女は“不倫”編ね?」
「アホか・・・」
「ふふ、元気でた?」
言われてみると塞いでいた気持ちは、澄んでいた。
「おかげ様で」
「え!?ホント!!?」
「だからと言ってキスもしないし付き合いもしない」
「え〜〜〜〜・・・ま、一応彼女候補ぐらいには入れといてよ」
「気が向いたらな」
「え〜〜〜めちゃ不満ん〜」
「それより、お前、欠点とりそうなんだろ?」
「あ、ゴメンそれ嘘」
「・・・はぁ?」
「センセと話がしたかったんだもん。しかも2人きり〜」
「・・・」
「センセ、やっぱり彼女に対抗してあたしを彼女にしない?」
「どこでどう対抗してるんだ?」
「だからぁ“愛したらダメだけど気持ちは止められなかった”よ」
「誰が気持ちは止められないになるかよ」
「さぁて、誰がなりますのやら・・・」
「・・・」
「センセ、コッチも対抗してあたしの下着を一・二枚部屋に・・・」
「はぁ〜〜〜〜もういい」

<<おわり>>



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